See you | ホスト金時×警察官土方

「ねぇ、もしさ。俺が帰ってこなかったらどーする?」


「はァ?」
振り返って眠そうな土方を覗き込めずにそう視線を眇めれば、
答えが返る前に小さく笑って「なんでもない」と呟いてしまった。
こんなことを何度も繰り返す。
それだけ、この人の傍を離れることに不安に思っていること、
そして、土方もそう思っていてくれているか確かめてしまうこと。


最近の俺の日課だった。








それでも怖くて聞けないのだ。
もしかしたら「帰ってこれなくても」特別何も変わらない
今まで通りの生活に戻っていくだけなのかもしれない。
その今まで通りの生活がどんなものかも忘れてしまった、自分には
もう戻れない日常に戻るだけだといわれてしまったら。


またあの薄汚れた捨て犬のような生活に戻る?
何をみてもリアルに感じられなかったあの頃に?



そんなことを考えてしまうのは、ちょうど2週間前に
神楽がいい始めたことに他ならない。



『金ちゃん、…ちょっと私の周りごたついてきたアル。だから
……傍にいて?』


決して逆らえない小さな女王のコトバに、小さく溜息を吐いてから了の意を
見せてその小さな手の指に口付けてみせた。
茶番といえば茶番だ。
自分には逆らう言葉は与えられていない。


ホストとして引き入れたのではなく、豪奢な飾り物として置くことを
望んでいて、尚且つボディガードの心得も無いというのに自分を
傍に置くということに何の疑問も無い。


即ち、体よく言えば、連れ歩くには綺麗なほうがいい、ということと
弾除けには心得など必要ないということだった。
中国系の薬を取り扱う店を多く持つ父親の娘では、確かに狙われる確立が
一般人よりも多いかもしれない。
そちらの仕事に興味が持てないため、なんでそういうことをしているのか
聞かない自分に神楽はいつも微笑む。



『金ちゃんのそういうトコ、好きアル』
ただ他人に興味が持てないだけだといっても、小さく笑う女王然とした存在に
僕の自分は頭を垂れるのみ。
それ以外の選択権は自分には与えられていなかった。


仕事帰りに周りに気を配りつつ、神楽に同行する。
さらに遅くなる帰りに、もちろん土方は眠っていて。
それでも寝顔にホッとして抱きしめて眠りに付く。数時間の眠りではあるけれど
また朝から、神楽を迎えに行かなくてはならない。
最近は朝礼にも参加しなくてはならない、と土方に説明して部屋を出る。
いつ来たかも分かっていないに違いない。
「うん」とも「あぁ」とも付かぬ声で応じながら目を擦り見送ってくれる。
そんな存在のもとにこれからも帰ってこれるのか不安で、何度も同じ言葉を繰り返す。

自分が土方のいない生活に戻れないように、…少しでも思っていてくれるのか不安で。
そんな事を不安に思うことも傲慢だろうか。




「どうしたアルか?・・・金ちゃん、最近上の空アルな」
「何にもねーよ、用事とやらは済んだのか?」
「たく、薄ら親父のせいでとんだとばっちりアル。…金ちゃんを早く籠の中へ返してあげたいヨ」
そういって自分の頭を撫でる少女の手に咽喉を震わせてから、くしゃりと神楽の頭を撫でてやる。
ガキの癖に気を使うんじゃねーよと。


「っていうか籠ってなんだよ、籠って」
「金ちゃん、マヨラ刑事に会ってから変わったネ。きっと鎖に繋がれているからアルな」
でも籠も鳥がいなきゃ何にも役に立たないアル、そういってふふと笑って愛犬の定春を抱いた。

元締めで、こうやって神楽直々に回る場所の同行は限られているため、それが済めば
解放される。


そんな気の緩みからだろうか、ふと行動に出る途中で後ろからの気配に
遅れて気付いた。
路地の砂利を踏む音すら立てずに近づいてくる殺気に振り向きざまに払おうと
手を伸ばした矢先に相手の得物の距離が測れなかった。

「ぐ、う……ッ!」
「……!金ちゃーんっ!」

途端に払った腕に感じる熱の気配に、薄い地の光沢のあるスーツが裂けて血が滴り落ちる。
傷ついた腕を抑えようとするもすぐに振りかぶる殺気の持ち主を避けるために
近寄ろうとする神楽を突き飛ばして、足元に転がっていたビール瓶でそれを受ける。

「…ッ!…ッ………ッ!」

金属音が高く響いて、思惑が外れ正体を暴かれるのを恐れたかそれ以上深く向けてくることはなかった。
気付けば、路地の向こうへと走り去る気配に息を溢して、未だ血の止まらない腕を何気なく眺める。
痛いというより熱いそれを手で触れようとすれば、走り寄ってきた神楽に手で止められ
高級そうなハンカチで手際よく止血された。
肩を竦め立ち上がると、裂けてしまったスーツはどうしようもなく、上着を脱いで
シャツをきっちり着直して何とか見れる格好にする。

「…手際がいいなァ、おい」

ありがとな、と言って汚れたスーツの上着を払って肩に掛ければ
何か言いたげな神楽は首を振って歩きだす。その様子に自分は再び同行するために
歩き出したのだった。

物のように扱いながら、本当はものなんて思っていないってこと。
それは言外にも含められている。

(…だからお前は甘いんだよ、神楽)


口端を吊り上げて再び頭を撫でてやれば、神楽の腕の中の定春が
僅かに抗議するように吠えるのだった。



この街は甘い嘘と辛い現実で出来ている。
だから一度甘い嘘に溺れたところで誰も気にしないし、咎めない。
そういう街だからこそ、甘えもリアルも毎日、毎夜、毎時間変わっていく。
頼れるものは己だけで。

それなのに、あの存在に出会ってから自分は神楽が気付くぐらい変わったのだろうか。









「…お前、スーツどうした?」

まずは上着のない格好に気付く土方に咽喉を震わせた後で「捨てた」と伝える。

「何で?」

「今日さァ、ドンペリ掛けちゃってさァ、染みになっちゃったからさ」

「それにしては…全然酒の臭いしねーな」

「…そりゃ、・・・シャワー浴びてきたし…」

ひやりとする言及の攻防に「ふぅん?」と首を傾けながら踵を返す
土方にホッとすれば、くるりと肩越しに振り返った土方の鋭い視線に息を呑む。

「…そのシャワーは、人の血でも浴びるシャワーなのか?」

早く来い、と部屋の中へと引っ張り込まれた。
血の臭いの嗅ぎ慣れた職種である土方では誤魔化せなかったか、と思いながら
部屋の中へと入っていった。

傷は思ったより深く、場所によっては腱がいっていてもおかしくなかった深さだった。
しかし、労災というわけにもいかず深夜対応の病院で応急処置として2針ほど
縫うほどの重症だった。傷になるような類ではないがステート(傷の処置)をした
医師は「事件なら通報するが」といったほどだった。


シャツを剥ぎ取られれば真新しく巻かれた包帯にも気付くだろう、顔を顰め
その傷に眉を潜める土方に笑いながら大したことないって、と告げた。


「きれいに飾られた言葉なんざ、いらねー」

真実だけを話せ、そう言外に言われているようで、嘘を並べようとする唇を
思わず閉じてしまった。それだけで舌先に嘘を用意していたのだと
気付かれてもおかしくはない。間近で覗きこむ土方の視線が切なげに歪むのを見つめ
項垂れるしかなかった。
話せばいいのかもしれない、しかし土方は警察官としての立場がある。
仕事に熱心な彼を何らかの形で巻き込みかねない、その危険性に何をしているかは言えない。
それだからこそ、神楽は何か物言いたげな視線を寄こしたのだろう。
土方に嘘をついてまで続ける必要があるのか、とも思う。


自分を生かすのは土方だけではない、…それは土方も同じだろう。

土方がいなければ、俺はとっくにこの人生に意味を失くすだろう、しかしホストクラブと言う
場所や仲間たちも自分にとっては既になくてはならない存在になっていたのだ。

不意に土方が顔を近づけ、唇を合わせる。その唇は少し冷たく、最近の
自分の奇行の理由に怯えていたのか僅かに震えている。

しかし言動には億尾も出さない、それが礼儀だというように。
それに気づかないような振りをして土方の身体を掻き抱くと、ソファに縺れる様にして
倒れ込んだ。
土方のソファは古く抗議をするように大きく軋むが、それに気づかぬ振りをして
唇を重ねる。言葉が離せないのならいっそ言葉よりも合わせた唇だけは
真実を伝えたい。そう唇に込めて何度も絡み合わせた舌からは唾液が毀れ口端を
伝って毀れていく。
不安を押し流すように、思いを伝えるように。


朝が来るのを怖がるただの子供のように二人いつまでも身体を重ねていた。









「…ねェ、もしかして、俺が帰ってこなかったらどーする?」

朝、痛む腰を推して玄関で寝ぼけ眼のまま見送りをする土方を振り返る。
きっと呆れて俺を見返すんだろうと、毎朝のように不安で視線を向けれなかった
土方の視線を、見詰めた。

土方は決して呆れた視線を向けていなかった。




「…と、…しろ…?」

「ばーか!テメーは俺が帰ってくんなって言っても、帰って来るんだろう?」

ここに、そういった土方の視線は澄んでいて、何の疑いも向けられていなかった。
強く信じているものが持つ強い力。

ここにと言って、土方の手が叩くのは土方の左胸。心臓だ。
心に帰ってくる、なんて気障なこと、俺でもいわねーよ?
そう茶化したいのに言葉にならなかった。




信じている、その言葉が俺を繋ぎとめている。
そう気付いたから繋ぎとめられた生を離すわけにはいかなかった。
















**










「行ってきます」




その言葉は、いつかここで「ただいま」と言うための言葉。

そう信じて前を向いて、今…歩いている。



















The words believing resemble restraint.