eat | ホスト金時×警察官土方

「まずは小麦粉と薄力粉の分量を量って、水を加え暫く掻き混ぜてから…」
「…うん、…」
「で、卵を二つ、掻き混ぜながら加える、…とキャベツとかは後で」
金時は実に愉しそうに料理をしている。
しかし。
自分はダイニングキッチンの椅子の上で盛大に鳴るお腹を押さえて蹲る。




「…直ぐ作れるもの作ってくれないか…お腹が空いて死にそうなんだが」
「えー、今日は金さん、お好み焼き気分だからイイ海老買ってきたのにー」
「あああ、もうその海老焼いてくれ、いいから」
再び大きくお腹を鳴らす俺に、金時は欠食児童みたいなんだから、と小さく笑う。








食べ物のもたらす意味は実は大きいのだ。
俺は金時に出会ってからそれを身に染みて教えられている。

金時に出会う前までは、身体が機能すればいいという状態で栄養を流し込んでいた。
だからどの食事も楽しむ、ということを分かっていなかった。
食事をしなければ体が動かない、だから食べることは必要程度だったに違いない。
そんな食事をしていたと気付いた途端、金時は猛然と立ち上がったのだ。
栄養素などが計算されているコンビニ弁当でも確かに栄養は補えるが、それには飽きてしまう。
それは何故か?


時には栄養など考えず美味しいものを食べる意外性も必要なのだと金時は力説する。
食事は決して単調なものではないから、変化を楽しむんだよ、と。
旨いものを旨い、といって食べること、それが大事なんだからと料理の腕を振るった。
始めは女から教わった食事なんて、と思ったが彼はそれは、一人で勉強したのだといった。




「やっぱり美味しいものを食べるぐらい娯楽がないとねェ」
旨いもの作ってるんだから手間とかじゃねーし、寧ろその過程で気が紛れるし、と笑う。
金時の仕事は、煌びやかなものだと思っていたが、実はそうではないらしい。
ご機嫌取りをして好きな酒を好きなだけ飲んでいるかと思いきや、仕事としてみればねと曖昧に笑う。


一度だけ事件の捜査として金時の職場に行ったことがある。
たまたま振られた、のだといって自由になった金時と店の中で対面した。
言葉遊びのような本気の様な嘘、…いや嘘のような本気か。
あの煌びやかな空間では全ての言葉が、虚像と捉えられてしまう。
しかし、虚像と捉え遊べる客ならまだいいのだ。
仕事で磨り減った心を一瞬でも夢のように愉しい時を過ごして、再び現実へと帰れるならば。
その境目でふと客は一歩踏み違える。
そうしたことはよく遭ったらしい。
今では少なくなったが、よく金時はマンションを変えた。
そうして自分のアパートへ転がる込む寸法かと疑ったが、実はそうではないらしい。
客の一人にストーカー紛いにつけ狙われマンションを探り当てられたことがあるらしい。


それらが全て解決し、新しいマンションへと帰る金時に叫ぶ。
「そういうときこそ、俺たちの出番じゃねェのか」と。
しかし金時は意外そうに目を瞬いてから小さく笑ってからぽんぽんと軽い調子で俺の頭を叩く。


「彼女は、夢を目覚める切欠を失くしちゃっただけだからねェ」
忙しい御巡りさんの手を煩わせることは何もないよ、と言う。
そんな目に遭っても、客として庇われる彼女が羨ましいとさえ思った。
自分はどうやら舌どころか気持ちまで、金時に染まりきっているらしい。
ちゃんと目が覚めるまで送り届けるのが、俺の仕事、そんなことを言っていた。
それは、自分の仕事のアフターケアーでも通じることである。
人の世の中には、犯罪を犯すものと犯罪によって生活を脅かされるものの二つがいる。
そのどちらも突然降って沸いた犯罪に右往左往して、その人生を狂わせて行く。
被害者は勿論のこと加害者の関係者もだ。
被害者は「どうして犯罪者は保護されるんですか」と泣き叫び、加害者の関係者は
「私たちが犯罪を犯したわけではないのに」と怒声を上げる。
そのどちらも正しくて、そのどちらも間違えていることは知っている。
しかし憤る気持ちのぶつけようがなくて、警察を糾弾する。
それは分かっていながら、辛い時間の一つである。
事件を解決しても蟠りが残るため、署内全体に嫌な空気が立ち込める。
事件を正義感を持って追っている時代はもう過ぎ去ってしまった。
若造とも言えるそんな時に。
派手なスタンディングプレイはテレビの中だけのもので、ほぼ書類整理に忙殺される。
自分と金時が付き合っているのは、
「何もない」という言葉に集約されているのだろうか。










「…お腹が空いて死んだ?」
「ち、違う」
ホットプレートを用意する金時に覗き込まれてハッとする。
自分は警察として、少しは役に立ちたいと思う。
自分にはそれしかないから。
テーブルの上を片付ける金時を倣い自分も片付ければ、お待ちどうさま、と微笑まれる。
粉物はやっぱり目の前で焼いて食べるのが旨いよね、

と皿を受け取ればプレートに油が敷かれるのをみる。


香ばしい匂いがして収まっていた腹が再び鳴るのを感じれば、どんだけ腹減り?と笑われる。
じゅ、と油分と水分が火を通して跳ね上がる。


いつの間にか、コテまで揃えられた金時の用意周到さに僅かに呆れる。
カン、と二つのコテ、と思ったら一つはフライ返しだった。
一つしかなかったのっ、と言い訳じみた言葉に吹き出してしまう。
用意周到だと思いきや、こんな所に金時の人間臭さを感じる。
金時の魅力はそんなところにあるのかも知れない。
警察として金時の役に立たないのであれば、自分は何をして役に立てればいいのだろう。
そんなことが頭を過ぎる。
そんな俺に金時は、具財を焼きながら目を細める。
人の心の機微に臆病だからこそ、人の心が読めるんだといった金時の眸が優しげに細められる。
嘗ては一人にさせられてきた、のだからと。


傍にいるだけでいい、なんてそんなことありえるのかと思う。




「飯は、一人きりで食べるよりも二人で食べた方が断然旨い」
でしょ?と自分の考えたことが聞こえたのか首を傾けて金時は笑う。
何でそんなに笑ってんだ、と憮然とすると金時は十四郎といれて嬉しいからと告げる。
ニコニコ笑ってそんなこと言われたら、誰でも夢の続きを期待する。
それに、…この笑顔を独占したくなるだろう。


役に立とうなんて思わないで、と小さく笑う。
十四郎といれることが嬉しいんだから、と。
乗せられたお好み焼けは湯気を立ててとても美味しそうだった。
トッピングはお好きに、と並べられた。
すかさずマヨネーズを乗せると、実色いのになってるからァアアと悲鳴を上げられる。
一切れ箸で千切って口に入れる。




「…、旨い」
思わず毀れる呟きに、嬉しそうに笑う金時の眸が見えた。
さくさくに焼けた生地の表面を噛み締めるとキャベツの感触と生地のもちもちした感触が交互に現れる。
山芋も摩り下ろしたからね、と何処か得意げに言う金時に目を瞬く。




「御握りも作ったから、ちゃんと食べて」
そういって差し出された御握りは鰹節の香りがして、中身は聞くまでもなかった。
こうして金時としている食事に一人で食事をしていた頃を思い出す。
あの頃は本当に仕事に行くだけのエネルギーがあれば良かったから。
食事を美味しいといって食べたことはあまりなかったと思う。
口に入ればよかったし、走れるだけ頭が働くだけでいい、なんて思っていたのが嘘みたいだ。
食べ物を口に入れているだけの作業、それは生きるためには必須かもしれないが、

食事を楽しむというのは必要と感じていなかったらしい。
この世界には美味しい食べ物が溢れているのにもったいない、なんて。
思ったこともなかったし、感じたこともなかったと思う。




「美味しい美味しいって食べた方がずっと身体にはいいよ?」
手間隙かけた食事には、それだけ愛が籠もっているからねェ、
なんて言いながら箸を止めずにガツガツ食べる俺に金時は笑う。


それに、と付け加えた言葉はしっとりとした空気を含んだ。




「十四郎もさ、ジックリ触られた方が感じやすくならない?」
「…ブッ、ご、ほ…ッ」
途端気管にお好み焼きを入れてしまうと激しく咽る俺に、くくと悪戯っぽく笑いながら背中を摩られる。
その動きすらもジワ、と沸いた熱の根源をくすぐられるようで
激しく咳を繰り返しながら上がった頬の熱を誤魔化していた。










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バランスのいい食事は、サプリメント摂取で事足りる。
しかし、食事は五感で楽しむもの。
料理の出来る音を聞き、出来上がったものを目で見て、
口の中で触れて、匂いを嗅いで、舌先で味を楽しむ。


まさに生きていることを実感する作業。


そして五感を鍛え、体の成長のみならず心や脳の成長を促進する。







美味しいものを好きな人と沢山食べよう。