empty | ホスト金時×警察官土方

「貴方の言葉って、綺麗な宝石箱みたい」


空っぽの、付け加えられた言葉に苦笑を浮かべてしまった。
綺麗に飾られた宝石箱みたいなその言葉を欲しがるくせに中身がないと言うのかと
思いながらその通りだと気付いて口噤む。
きっと中身を入れてしまったら自分の言葉はどうなってしまうか予想が付くから。
綺麗に磨かれたままの箱では満足できないと客たちは嘆く。
自分に求められているものは一体何なのかと思う。




土方に拾われる前までは気付かなかった。
人を好きになるということ。
好きになるという感情は決して幸せなものばかりではないことも。
自分に向けられる感情に、戸惑いながらも夜は更けていく。
それは芽生えた一つの感情。







強いアルコールに咽喉が焼ける。
綺麗に磨かれたネイルはシャンデリアからの光を弾いている。
波がさざめく様にお菓子のような甘い囁きは、愉しげに笑う小鳥の囀り。
虚像の城なれども雨風の凌げる柔らかい屋根。
上品なベルベットのテーブルクロス、クリスタルのシャンデリア。
繰り返される上等なリップサービス。




「…指に下りた蝶みたい」
そう素直に磨かれネイルに塗られたジェルネイルに口付ければ、その客は顔を真っ赤にさせた。
この言葉は本当。
でも虚像の中では解けて消える砂糖菓子のようで。
色恋の切り売りをしているように見える自分の言葉は、飾られた宝石箱のようなのだろうか。
一時でもいい、そういって自分の中の何も映らない瞳を覗き込む。


そこには、客が望むものが映っているのだろうか。









ふわり、と髪の毛をかき上げる掌に、ハッと意識が浮上した。
其処には土方の顔があって目を瞬いてしまう。




「どうした?…眠たいか?」
「ん、大丈夫。…だけどもっと触ってて。気持ちいいから」
笑みを浮かべて首を傾けると、仕方ねーヤツだなと言いながらも頭を撫でられる。
金時、と名前を呼ばれて撫でる指先は優しくて、乱暴に髪の毛を掻き毟られても其処には情がある。
生まれつき、金髪で赤い目を持って生まれた俺は奇異な視線に晒されてきたんだろう。
人目が怖いと感じることもあった。
それは、自分が晒されてきた経験からであった事は間違いはないはず。


店が終わってアパートに来たのが朝4時だったから、眠りに落ちてから2時間もたっていないが
朝ご飯を用意しようと無理矢理起きた。
布団に潜り込んでもぴくりとも動かなかったのに、朝になると「いつもヘンなとこ触ンな」と怒られた。
だって股間に手を入れたほうが、暖かいもんと言い訳すれば、自分の股で我慢しろと顔を赤らめて怒っていた。
気配に鋭くて、人の気配がすると寝れないといっていた。
だから自分が帰ってくるといつも目が覚めてしまうらしい。
眠りを妨げないようにそっとベッドに上がるのだが、それでもその気配に敏感な箇所に触れてしまう。
そんなに敏感なのに、自分に触れさせる身体は甘く温かい。
人が寝ているのは、安眠効果をもたらすというのは本当だ。
小さく笑って目を閉じてその身体を抱きしめるだけで、全てが許されていくような気がする。




「…好き」
何回言っても足りない、それなのに。
回数を重ねるごとに、軽いものだと思われてしまうのは、何故だろう。
それには中身がないと言う宝石箱と同じだから、だろうか。
綺麗に飾られた言葉よりも、雄弁に伝えられる言葉を知らない。
それは自分のボキャブラリィの少なさもあるかもしれない。
しかし、それ以外に伝えられる言葉を知らない。
眠っているだろう十四郎の身体を抱きしめて何度も繰り返す。


言わないと自分が不安だから?
記憶を無くす前の自分が何をしていたか分からない。


(自分はもしかしたら、何もなかった人間なのかもしれない)
身に余る事を繰り返して自分は此処にいるのかもしれない。
それなのにのうのうと生きていていいのだろうか。
そう暗く冷たい雨を降らせる空を見上げて座り込んでいた。
どうしたって記録の欠片が見つかるわけでもない。
初めに見てもらった近所のやぶ医者は「いつかは戻ってくることもあるのだから、
色んな物を沢山見なさい」といった。
そんなに自分の中だけを見つめていては駄目だと。
沢山見つめて沢山経験すれば、何か変わるかもしれないからと。




今日は、フレンチトーストを作った。
世代は一緒なのか「これ、昔流行ったな」と言って面白がる横顔に小さく笑った。
甘さ控えめな卵の混ざったソースに「甘い」と文句を言ったので
マヨネーズを挟むソースの中に加えるよ、というと満足そうに席に戻った。
ハムとチーズ、それにマヨネーズとキュウリ。
俺用にはピーナッツクリームと蜂蜜で。
フルーツサラダと、バランスを考えたミックスジュース。
カロリーを考えろ、とか何とか言うので十四郎には珈琲にしておいた。
もっと肉つけて、なんて言えば、身体が重たいと動けねぇんだよ、と眉を潜める。
『でもさァ、この辺少し肉付いていると…、ゴフッ』
そういって腰を撫でれば、殴られてしまう。
抱きしめ甲斐があるのになァ、なんて抱きしめる。
ふかふかでなくても抱きしめるから特に必要ないかもしれないが。
忙しいと、どうしてもファーストフードに偏りがちになる。
食えりゃなんでもいいじゃねーか、なんていうけれど。
見た目からも得るものって大きいと思う。
豪快に頬張りながら、眉根が寄らないのを眺める。
どうやら及第点らしいと気付いて、少しだけホッとしながら自分も口に押し込んだ。
一人で暮していたときに覚えた処世術は、一人でも生きていけるという手段。
それに自分は適応しただけだといえるだろう。
一人で生きていく術を覚えた。
しかしそれは本当に強くなったのか、と今思えば甚だ疑わしい。
痛みに強くなり、鋼の心を持ったとしても強くなったのだと言えるのかと。
ただ我慢強くなっただけではないのか、痛みに鈍感になっただけではないのか、と思う。
他者に関しての感覚を麻痺させて、それで強くなったなどとは言い難い。
それなのに、あの頃の自分は一人で生きていく術を覚えて、それを心から喜んでいたのだ。
そうするしかなかったから。


こんな感情とは無縁の自分で。




「俺が仕事に出かけたら寝ろよ?」
「一人で寝るのもなァ…」
「我侭言うんじゃねーよ」
仕事に行き辛くなんだろーが、と呟いて玄関先まで見送る俺に革靴を履いて溜息を吐く。
分かっているけど、困らせたくない…けれど。
次に顔を上げたら笑おう、そう考えて顔を上げれば眼前に土方の顔があって目を瞬いてしまった。




「…たく、…お前の軽い『好き』とやらに、…本当を混ぜてやろうか?」
「え、…ちょ、…んん」
ワイシャツの袷を引っ張られ、合わせられた唇。
存分の表面を味わうように舌先で辿られ、その後薄ら開いた唇から舌を絡め取られる。
角度を何度抱え後頭部にいつの間にか回された手に後頭部を撫でられかき回され、激しい口付けに酔いしれる。
甘く唇が合わさり吐息と唾液が交じり合う。
離れていかない唇の合わせが、名残惜しく唾液の糸を引くまで柔らかくそれは続いて。
ゴシ、とスーツの袖で拭う十四郎の唇は赤く染まっていて、ついでに目元も赤く染まっていた。




「いってきますのちゅーにしては情熱的だったじゃない?」




「…、ばぁーか、…「好き」のちゅー、だ」



くるっと向きを変えて「行ってくる」と告げてアパートを出て行く十四郎に、一歩下がった。
壁にドンと背中が当たり、ズルズルとその場に座り込んでしまう。
耳まで熱い、ということは頬は相当熱を発光しているはず。


口を押さえて閉まった扉を見遣ってから顔を膝に埋める。





宝石箱の中身を満たしてくれるのは、いつだって。





Is there the value to an empty treasure chest?