satisfy | ホスト金時×警察官土方

まず無人島に行くとしたらなにを持っていくと応えるだろう?
ライター?ナイフ?それとも食べ物?
方位磁石と応えるものもいるかもしれない、植物図鑑と答える人も。
なら自分は、なんと答えるだろう。
ふとそんな風に思った。





**





またも熱烈なファンがストーカーになりマンションに押しかけるようになったと管理人から伝えられた。
管理人は気のいいオッサンだし、近所には深夜までやっているケーキ屋はあるし

かなり重宝していた矢先のことだった。
それでも、まだ始めの方は店の方にも来てくれていたため、容認していたのだが
最近は店の方にも顔を出さなくなった。
このままだと、管理人や他の住民はおろか十四郎にも迷惑をかけるだろう。
新八に相談すれば、直ぐに別のマンションを用意してくれた。
この天井の白、気に入っていたのになァと肩を竦めれば小さく笑った。
部屋が気に入るなんて、少し前ではありえなかった。
部屋は、俺を閉じ込めて飼い馴らす為にあるもの。
疲れた身体を一時的に保護する籠だった。
だから部屋を替わるのに何の感慨も湧かなかったし、湧きようがなかった。
ただゆうるりと部屋が変わっていくのをただ眺めていた。
電車に乗っている景色のようなものだ。
景色はめまぐるしく変わっているのに自分は箱から箱へと流されるままに

閉じ込められているような気がした。





久々に仕事に休みをくれた時、荷物の整理をするからといったら十四郎が手伝いに来てくれた。





「…、相変わらず何にもねー部屋だなァ、オイ」
「ん、その姿見は大事。十四郎がくれた奴だから」
いるやつといらないやつを選り分けながら、適当にボストンバックとスーツケースに衣類を収めていく。


必需品って案外少ないと思う。
消耗品はまた買えばいいと思うし、それほど思い出もなければ前の場所へ置いてきた。
そうして置いてきたものはどのくらいあったのだろう。
その中にどれだけ自分が選り分けてしまったものがあるのか分からない。
それでも選び取って持ってきたものは一体なんなのだろう。
必要最低限のものは案外少ない、その中に一番自分が使用するものがある。
いままで、そんなものはなかったのではないか、と思ってしまう。
一握りの大切なもの、それをいつの間にか手放してきた俺にはそんなものは持てない気がして。
十四郎に拾ってもらう前の過去を全て忘れてしまったから。
大事なことだった気がする。
大切なものをもしかして忘れてしまったのかとも思う。
こんな風にこの部屋に残されたものの中には大切なものもあったかもしれない。


物が少ないため、あっという間に梱包できて片隅に寄せたものの傍で

昼食だか軽食だか分からないものを食べた。
時間はもう昼下がりで、温かい日差しが長い階段を作っているのを床に座り込んで眺める。
こんな風だったんだな、そう呟くでもなく視線を向ければ、それを見ていた十四郎が笑う。





「窓が無駄にでかいから日がよく入るんだ、…ちゃんと知らなかっただろ、お前」
軽くボイルしただけのスパゲティに特製のソースを混ぜ合わせたもの、

それを食べながら暖かな日差しの中で目を瞬く。
いつの間にか、この場所が好きになっていたかもしれない、なんて。





「って言うかなんで先にテーブルとソファだけ送っちまったんだか」
「んー仕方ないじゃん。アレだけは部屋の内装上、先にって言われちゃったし」
ダイニングの方へ行けばテーブルも椅子もあるのだが、

どうしてだか暖かなリビングから離れがたくなってしまったのだ。
直接床に胡坐をかき、ゆっくりと時間が経過するのを眺める。
荷物が少しと服の入った鞄、気に入って買ったものたち、そしてベッドが部屋の中の所有の全て。





「って言うかベッドこそ先に送らなきゃいけねーんじゃねェの?」
「…十四郎が来るって言うのに床で寝させるなんて出来ねーし?」
「…ッあ、あほか…ッ!」
ナニを想像したんだか、赤くなる十四郎に咽喉を震わせる。
まァ想像させたつーのもあるけどさァ、本当に素直なんだから。


何にもない部屋でするつーのも、なんて妄想して視線を向ければ、エロジジイと罵られた。
いつの間にかこの場所に十四郎がいることが当たり前になっていたのを気付かされた。
たとえば窓が大きくて日が入ることだとか、この時間はリビングが暖かいことだとか。
十四郎がいなければ気付くこともなかった、それら全てが大切で。


自分はもしかしたら、減ってしまった大切なもんよりも、つかめてるかもしんねェなと小さく笑った。





十四郎に出逢うまで、俺はよく「何も映してない目」なんていわれていた。
それはさもありなんと言うところか。


「何か強烈に欲しているようで、何もいらないって顔してる」と。
それなのに十四郎と出逢って何かが変わっちまったらしい。


口端を黙って持ち上げる俺に十四郎は訝しげに覗きこむ。





「…昼間っからなんつー顔してやがる」
「十四郎…?」
ンな、強烈な目で欲しがるんじゃねェよ、そう呟いて噛み付くように口付けられた。
特製のソースが互いの唇の中で溶け合う。
熱と味は互いに同じで、それが酷く安心することにいつの間にか気付いていた。
十四郎に出逢ってからと言うもの、この眸には十四郎しか映さなくなってしまったらしい。
何も映していない眸とはよく言ったものだ。
それは何も映そうとはしていなかったから。
映した途端消えてしまう、そんなものに囲まれて生活するのだから。
豪奢な鳥かごとはよく言ったものだった。
鳥かごから鳥かごへ移される時、鳥は何かに執着して見せるだろうか。
ただ「あの窓枠は白で綺麗だったのに」とか「寝心地のいい藁が敷いてあったのに」と思うぐらいだ。
どうせ閉じ込められるのだから、執着したところで何にも変わらないのだ。
また買うから、といって置いてきたもの。
それが今手元にないことをこんなに惜しむなんて思っても見なかったこと。


どさり、とフローリングに二人して倒れ込みながら深まる口付けに暫し夢中になる。
柔らかく髪の毛を触る土方の指先に目を細めながら、

瞳を閉じたままその感触を唇に互いに伝わらせる。





「…って言うかマヨネーズの味しかしてねーンだけど?」
「学生の時よくやったなァ、金ねーからマヨネーズぶっ掛けて何でも食ったっつーの」
「よく病気になんなかったねェ、ソレ」
って言うか今とほぼかわんねェじゃん、と咽喉を震わせればムッとした土方に髪の毛を引っ張られた。
特製ソースにマヨネーズを混ぜるのが十四郎のお気に入りであるらしい。
マヨネーズを万能調味料だと豪語する彼はマヨネーズがあれば何処ででも生活できるかもしれない。
するとその時腕を回されて抱き締められた。
自分の天パが光を弾いて床に影を作るが、そんなことはお構いなしに。
そうして抱き締められた、その腕の強さが雄弁に彼の気持ちを語っている。
場所じゃなくて、そこに暮らす人たちがいてこそ、そこが住処となる。
そんな事分かっていたはずなのに、自分の気持ちはいつも置いてきぼりにされてきた気がして。
本当は欲しいと言えなかった自分が悪いのか?
何もその眼には映してなかったから、きっと何も残らなかったものばかり。
くすぐるように手を伸ばして、十四郎の髪を指で解くように滑らせると

やはりくすぐったいのか忍び笑いを漏らした。





「ちゃんと、…いるから」
「………、ん」
抱きしめられ甘やかされる、その熱だけはこの手から滑り落ちていかないように強く願う。
大切な記憶を失って、まっさらになった俺に優しいこの手を差し出した存在が

いればどんなところへだって行ける気がした。
くしゃくしゃと髪の毛をかき混ぜられてそのくすぐったさに笑うと「お返し、だ」と告げられた。


新しい場所へ少し感慨深さを感じながら、その足を踏み出す。
置いて来てしまったつもりでも、実はこの掌の中には大切なものをつかめた気が

してぎゅっとその手に力を込めるのだった。





「…じゃー、ベッドの使い納めしとこうか?」
「……、これ新しいトコ持ってくんだろーがッ」
昼間っから何言ってんだ、と小突かれ小さく笑ってしまう。
じゃあ夜ならいいの?そんな呟きを口にすれば、か、と頬を赤らめる十四郎にくすりと笑った。





新しい場所へ行くたびに、古いものは捨ててきたし残してきた。


その基準はいらないもの、欲しいもの?
それとも使うもの、使わないもの?
もしくはその両方であった。


大切なものは、きっと失くす事が切るものではないと信じたい。
そうこの掴んだ両手に、知らず誓った。





**





無人島に行くにあたって、俺ならばきっと。
素直じゃなくて、でも温かい掌を持っている十四郎と応えるだろう。
二人でいればどんな困難も乗り越えられるし、楽しく過ごせそうだと。
そして、愛する人が傍にいれば大切なものは、いつまでも傍にある。
だからだろう。











There is the important thing by the side all the time.