bond | ホスト金時×警察官土方

手料理なんて久しぶりだ、そんな風に思いながら料理本とにらめっこする。
自分だけのときはこんな風にはならない。
そもそも乞った料理など面倒でやらないだろう。
しかし、今日は勝手が違う。
新しいマンションへの引っ越し祝いで何が欲しいか尋ねたら、金時はこう応えたのだ。


"十四郎の手料理が食べたい”なんて。


確かに調度品は揃っているし、俺にこの部屋に似合うような贈り物は経済的に無理だろう。
半年前の引越し祝いで買ってやった鏡ですらやはり調度品とは合わない気がするが
金時は嬉しそうにして、次の引越し先にも頑として持って行くと言い放った。
なので今リビングで主人の帰りを待っているはずだった。
もう朝になろうとしている時刻ではあるが、連勤も手伝って明日は強制的に有給消化。
そんな日だからこそ、金時は気兼ねなく強請ったのだろう。
金時が俺よりスケジュールを知っている件については不問にしよう。
どうせ気の良い近藤さんか、面白がって総悟の奴が教えたに違いない。


(…料理なんざ、作れるわけねーだろうが…)
そう脳内の金時に向かって思いっきり罵った後、再び料理本とのにらめっこを再会した。
睨んでばかりでは金時の帰宅時間に間に合わない。
料理というのは、食べられればいいものではない。
栄養のバランスを考えたものがいいに決まっている。
しかし分量は細かく入れる作法が違うのか鍋がお湯が沸いたと騒ぎ始めたら、
慌てて手元が狂った。




「…ッい、て…ッ」
包丁を握っていた手を滑らせて、左手の親指を傷つけてしまった。
指の傷というのは小さくても血が沢山出るし、痛みが強い。
指を舐めとると、鉄の味が口に広がり思わず眉を潜めてしまった。
しかしそんな傷が手の指に一杯出来てしまった。
これを見たら金時はなんと言うだろうか。
思わず溜息をしてカットバンを指に巻きつけて止血をし、料理を再開した。
一度肉うどんを作って、金時を待っていたことがあった。
あの時は咄嗟に作って待っていたわけじゃないといってしまったが、本当は待っていた。
市販のうどん汁だったが、それでも金時は上手そうに全部啜っていた。
その時の気持ちがあるから、今回も我侭を聞こうと思った。
引越し蕎麦を強請るなんて旦那も欲がねェなァ、そんな風に何を聞いたのか総悟が言っていた。
確かに多少の物を強請られても、稼ぎがそれほど悪いわけではないから買えると思った。
しかし、その事を伝えれば金時は笑ってこう応えた。




”高価なおもちゃよりも、かーちゃんが作ってくれた手作りケーキの方がいい”ってさ。
その意見には俺も賛成かな、と親の愛情を全く覚えていない金時がそう呟く。
何処かのCMではないが、モノより思い出、という奴だろう。
何もかもかこのことを覚えていない金時が欲しがるものは、例えば思い出だったり記憶だったりする。
それはもう一度忘れてしまう恐怖よりも、再構築させることへの前向きな気持ちからかもしれない。
真っ白になってしまったことを身体を縮めて恐怖で慄くのは、一人のときだけでいい。
俺には十四郎がいるから、そんな風にさらりと呟いて片目を瞑る。
ある意味欲深いのだろう、俺も金時も。
モノでは満足しない、もう二人とも互いにいるから。
それ以外に欲しい物はもうないのだ。


(…まァ変なものを強請られても困るからなっ)
エスカレートしている金時の夜の要望は、最近歯止めがないので思い出して頬を少々赤らめてしまう。
どこぞの女物の制服を着せたり、…その・・・まァ色々だ。
ほって置かれた鍋がまた大きく音を立てた、それに慌てて火を止めに行きながら此処にはいない人間に舌打ちをした。
時刻はすでに金時の帰宅時間に迫っている。
再び手を動かしながらレシピと睨めっこに戻った。














「…ん、ただいま」
「おかえり、…早く楽な格好にな…、って、オイ」
「ん、いいじゃん。エプロン姿の十四郎を堪能させてよ」
すん、と首に顔を埋める金時に犬っころみてーなことしてんじゃねーよと言いながら頭を撫でてやると、
「わん」と鳴き真似をした。
あれから直ぐに戻ってきた金時は、仕事着の派手なスーツ(金時は「これでも今日は地味な方だけどなァ」と呟いた)
のまま玄関先で抱きつく。




「…ッ、折角の飯が冷めるだろーが」
「え!マジで作ってくれたの?…フンフン、良い香りは鰹出汁かなァ」
顔を上げて嬉しそうに、つけていたエプロンを掬い上げて鼻を寄せる。
それが本当に動物のようで呆れながらも、金時を促す。
嬉しそうな金時に、自分は少しだけ俯いて「旨くはねーけどな…」と言うのが精一杯で。
テーブルに所狭しと並べたのは、煮物や蕎麦を盛った皿。
味噌を辛くしてナスと合えたものや汁の入った小鉢に薬味を添えたもの。
どれも不恰好ながら何とか自分一人で作ったものだ。





「…すっげー、どれも超うまそうなんだけどっ!」
食べて良い、食べて良い?と子供のようにはしゃぐ金時に、「手を洗ってからな」と
いなせば、はーい、と良い子になって返事をする金時に、互いに吹き出す。
手を洗ってきた金時が向かいに座って、自分も席に着くと「イタダキマス」と口を揃える。
直ぐに箸をつける金時にごく、と唾を飲んで自分も箸を手にするがまだ口にはしないで、金時の口元を見る。
生粋の日本人らしく上手に動かされる箸に、外見の金髪からは想像出来ない流暢な流れで運ばれる食べ物。
じっと見つめる視線に気付いたのか、ふと笑う金時に視線を掬い取られ目を瞬いてしまう。





「すっげー、美味しい。…だってこれ俺の為に作ってくれたご飯なんだよな」
こんな怪我までして、そう呟いて掬い取るように自分の手を取れば、その指に巻きつけてあるのは沢山のカットバン。
慌てて隠そうとするも力を込められて、今更だと開き直ってしまった。
掬い取られた指先に金時の唇が落とされ、少しだけ俯いてしまう。
少しでも美味しいものが作れるように金時の為を思って作った。
それがどこかばれている様な気がして。


「俺さ、今まで引越ししてもさァ、…どこまで行っても俺の居場所は此処にはない気がした」
「…え?」
「だけど、なんか判った気がする。…十四郎の居る場所が俺の居場所ってコト」
その言葉に目を数回瞬かせた後、その言葉の意味に気づいてしまう。
…俺は、テメーの嫁さんにはならねーぞ、と火が吹いたように熱い頬を隠すように俯けば、
じゃあ、俺が奥さん?とクスクスと笑う金時に視線を上げれば、嬉しそうに笑っている。





「…は、早くしねーと蕎麦が伸びちまう」
「…、ん?あぁ、そうだなァ。…新しいマンションでもよろしく」
「…おう、…よろしくしてやる」
湯気で顔を隠しながら箸を動かして、蕎麦をすする。








新しい部屋の匂いのするこの場所で新しい生活が始まる。
しかし、新しい場所であっても自分の居場所を認識するのは互いの存在である。
引越しの時の蕎麦は「長いお付き合いになりますが、末永くよろしく」の意味。
友人であっても恋人であっても、家族であってもこの絆は途切れないようにと願いながら。







**




「料理はね、レシピ通り完璧に作ることも料理人なら必要かもしれない。
でもね、本当は食べる人に少しでも美味しいって言ってもらえるといいなって思いながら作るものでしょ」


技術よりも、愛情一匙。


そんな風に笑う金時に、早く食べて黙らねーと箸を投げるからなっと怒ったようにいうのが精一杯だった。