temperature | ホスト金時×警察官土方

色から連想するものは、社会には多く存在する。
赤であれば、救急車、ポスト。
白であれば、病院、雲であるように。
俺にとって、金色は一体なんだろう?


そんな事を思った。







柔らかい布団が身体からずれ、むき出しの肩が少し肌寒く感じて眠りの波から覚醒する。
その動きで無意識に手を動かせば、隣にいるはずの温もりがいなくていよいよ目を押し開ける事になる。




「…き、んとき……?」
掠れ、響く声がルームランプがギリギリまで絞られた部屋の中にこだまする。
しかし応えるものはおらず、しんと静まり返っている。
携帯に手を伸ばせば、時刻はまだ眠りに落ちてから数時間しか経っていない。
それなのに仕事に出かけたとは考えにくい。


まだ春先で寒く感じ、暖かい毛布から起き上がるのは億劫だったが、身体を起こした。
毛の長い床に敷かれた敷布のおかげで足元は冷たくはないが、流石に床暖房の切れた深夜。
何処か足先から冷えが立ち上ってくる気がして、一歩一歩が慎重になる。


毛布を纏って、半ばその大きい布を引き摺っているような感じで廊下へ出れば、
何処からか、灯りが漏れていた。


それが照明の灯りではない事は分かっていたが、月明かりのような淡い光り。
扉から顔を覗かせれば、大きくカーテンを開けた窓の傍に佇んでいる金時の姿があった。
此方からその表情は見えないが、足元まである窓のカーテンを開け、何処か遠くに視線を送っているようだ。
眼前には、広々としたテラスがあり、その向こうに都会ならではの眩い地上の星がある。
地上に降りた星のせいで、空の星は見えないけれど、都会で長く暮らしているとこれもまた美しく感じる。
深夜という時間なれど、都心部はまだ明かりがキラキラと輝いている。
揃いのパジャマに身を包んだ金時は一体何を思って景色を見ているのか。
気になったら、とことん追求したくなる性分が災いして、戸を開けて中へと入った。
そっとしてやろうと言う気遣いは、俺には所詮出来ない。





本音を言うと、俺がいるのにほったらかしか、という随分甘えたな言葉も浮かぶものの、それは理性でブロックした。
戸の開く音で気付いたのか、もう随分前から気付いていたのか窓から視線を外した金時が此方を見ていた。
その相貌を和らげる表情を見ているだけで、少しだけ胸が痛くなるのはどうしてか。


本当の金時を、俺は知らない。
ホストという仕事を理解してはいても、本当はホストなんかじゃなく、違う人生があって。
今まで生きてきた記憶を失い、それでも生きようとする、その覚悟は一体なんだったのか。
思い出して欲しい、と思いながら全く逆の事を願ってしまう。
きっと様々な人がコイツの記憶が戻って戻ってくる事を待っているかもしれないのだ。
発見した時、目立った外傷もないことから心因性のショックに寄るものだと言われた。





「…十四郎、…どうしたの?」
「、…なんでもねーよ」
何も言わない俺に首を傾げる金時に、俺は首を振るしかなかった。
自分にだって理解しがたい心を、俺は説明する術を持っていなかったのだから。
傍へと足を進めれば、窓からの景色が一段と美しく見え、此処が自分のアパートとは違い、
高層マンションであることが実感できる。
相変わらず、すげー贅沢な眺めだな、なんて呟けば、そうかな?と首を傾げる金時。
だいたい金銭感覚にずれが生じるのは、出逢った時からだった。
窓に触れれば、途端に寒さを実感し、肩を震わせれば、絨毯の上に腰掛ける金時が手招く。


「くっ付いてれば寒くない、でしょ?」
金時の前へと腰を下ろせば、毛布を取られ、そのまま背中より金時に抱きすくめられる。
勿論毛布は金時の背からすっぽり包まれ金時の温もりを感じる。
足を立てた金時の熱を背中に感じながら、両手は暖めるように身体を覆ってくれる。
親鳥みてーだな、と小さく笑って金時に視線を送れば左より顔を覗かせる金時は同じように笑う。





「どっちかというと小鳥かも?…ほら、十四郎から愛を注がれないと」
「…でけぇ小鳥だな」
ん、と僅かに首を曲げて唇に唇を押し当てると柔らかい感触を互いの唇に伝える。
唇を離して金時の眸を覗き込めば、そこに映っているものは自分の眸だった。
そこは不思議な色合いで、深くその色に混じったものは、自分の身に覚えがあるものだった。
(…そうか、金時も……?)
思い出したいと強く思いながら、真逆のことを考えているのかもしれない。
自分は一体何者で、何をしてきたのか分からないまま。
名前は辛うじて言えたが、それ以外のことは全て3年前から途切れている。
その事を不安だと感じながらも、俺とのことを惜しんでくれているのだろうか。





「…そんな頼りなげな顔してると、キスだけじゃ済まないよ?」
「こんなんで済ます気か、…甲斐性なし」
「酷っ」
鋭く突っ込んでからクスクスと愉しそうに笑う金時は、俺の顎を掬うように支え首を巡らせて再び口付けた。
それは柔らかく、それでいて先ほどとは違う熱を帯びた口付け。
吐息と共に口付けは、柔らかく唇に押し当てられ、その熱に唇を開けば舌先を差し込まれる。
段々深くなる口付けに、俺は眼を閉じて応えるように舌先で金時の舌の動きを真似る。
唾液が含んだ互いの舌が絡む口付けは何処か官能的だ。
互いの味が、此処では作れない味になっていくのが舌の表面で感じられる。
唇は触れず舌だけ絡み合う、その口付けに擽られるのは、何でもないただの欲。
毛布と金時の熱に飢えるように唇を食めば、くすぐったそうに咽喉を震わせ毛布で包む様に抱き締められる。





それはまるで、暖かい日差しの中、傍に金時がいる安心感。
(…あぁ、そうか…)
金時には俺がいなくてはならない存在であるように、俺にも金時がいなくてはならない存在であること。
いつの間に、こんな大きく自分の心に占めていたのだろう。
この存在に出会うまでは、どうやって過ごしていたのかすら思い出せなくて。
長く深い口付けにゆっくり浸りながら、眼を閉じたまま背に感じる金時の熱に
唾液が毀れるのも構わず、ゆっくりと歯列を辿る舌先に酔う。





「ん、…ッふ…ぅ、……ッッ」
舌裏をちゅう、と強く吸い付かれ漏れた声は、唇が塞がれているため声にならない。
鼻に抜けるような吐息に代わり、薄い布地からでは隠しきれないほど熱が伝わる。
きっと金時にも伝わっているであろう、心臓の音が高く鳴り響いて身体の熱が引かない。
僅かに離された唇の隙間で「十四郎」と呼ばれ目を開ければ、嬉しそうに眼を細める金時がジッと此方に視線を向けていた。
ふ、と吐息を漏らして毛布の中、身体を沿わせ金時の匂いに身体を熱くする。


あれだけしたのに、足りなかった?なんてふざけたように聞く金時に、眉を寄せてそれでも反論で傷にキスの続きをせがむ。
互いの唾液で濡れた唇は光って口付けを、更に誘う。
毛布に包まれて暖かい身体が更に熱を帯びてくるのを隠すことなく寄せれば、低く咽喉を震わせる金時も同じ様に身体は熱い。
半ば気を失うように、眠りの波へと誘い込まれた先刻の行為を思い出させるように、金時はゆっくりと触れる。





「…一体、何してたんだ?」
「……、え?」
寝室から抜け出して、眼下の景色を眺めている金時は、薄闇の中に浮き上がって見えてどこか孤高に見えた。
カーテンを開け放って外を見ている金時に、どこか孤独を感じたのは気のせいだろうか。
金時は一瞬何を聞かれたのか分からない様子で小首を傾げたが、あぁと気付いたように頷いた。





「たまにさァ、景色を見たほうが良いって、十四郎が言ってたじゃん?」
「景色、を?」
「そう。じゃないと生きてる意味がなくなるって」
俺は十四郎だけで充分なんだけど、そう小さく笑って景色を眺めている視線を此方へと向けた。
日本人なんだから季節を感じて生きたほうが得だぞ、って言ったのは十四郎でしょ、と覗き込む視線に気付いた。


雨が降れば、店があまり混まない。
晴れの日は、昼間寝ていると眩しいから辛い。
それだけで回っていた金時を変えたのは自分だった。
雨で髪の毛が膨らんでセットが決まらない。





入れ物のように代わる金時の住処は景色を楽しむものではない。
金時を入れておくための入れ物に過ぎない。
だから、時間の流れだけで回っていた金時に季節があることを教えたのだった。
自分も、また金時がいなければ季節などに眼を留めることもなかっただろう。
そう、二人で変えてきたことが、こんなにあることに毎日思い知らされるのだ。


「…花見はともかく、さ。十四郎の花見はしたいんだけど?」
「……ベッド、行こう」
オヤジ臭い性根を叩き直してやらァ、そんな風に金時の方に視線を向けず立ち上がれば、
金時も立ち上がりながら俺の手を掬って繋いだ。
こういった時間が少しでも長く、少しでも多くありますように。
繋いだ手に、少しだけ力を込めた。














金色の光が差す元へ歩みを進める。
そして、二人。
手を繋いで。