Present of the Kiss | ホスト金時×警察官土方

たっぷり水分を吸い込んだ重たい夜の帳が空から落ちてくる。
ゴールデンウィークが始まれば余計に人の波はどっと増す駅前や観光地。
観光客が集まればそれだけ悪いことを考えるものも多くなっていく。
スリや置き引き、痴漢などの軽犯罪のものから、喧嘩などから殺人に発展するケースや子供を狙った誘拐諸々。
捜査一課である俺達も、生活科に借り出されたり、その先で殺人の帳場が立ったりして忙しくしていた。

ゴールデンウィークが始まったのか、という感覚は人が街に増えたということだけ。
休みはこの数年とった事もなかった。
近藤さんは毎年律儀に覚えていて「誕生日なのにすまんな」と謝ってくれたが、今更生まれた日などそれほど祝いたいとも思わない。
記念日を気にするのは女子供だと思っているし、何より年をまた重ねるだけだ。

あの男と出会うまでは、そう思っていた。

子供の時はケーキにご馳走があって、両親は盛大に祝ってくれたのだと思うが、成人してからは疎遠になり電話位しか寄越さない。
だからといって寂しいと思った事もないし、仕事が休みになっても時間を持て余すだけだ、そんな風に思っていた。

警察車両の座席で僅かに伸びをすると、運転席で運転をしている原田が、前方から此方へと気配を窺う表情をした。
「お疲れっスか?…まァ、雑務からコロシまでバリエーションの多い週でしたもんねェ」
「まァな。…てか、余所見すんなよ」
「へいへい、分かってますよー。あ、俺コンビニ寄りたいんで、ちょっと行ってきていいっスか?」
新宿歌舞伎町の入り口に差し掛かり、人通りが増えてくるのを横目で見ながら、原田を注意すると唇を尖らせる様子に少し笑う。
横の原田が何も言わないので不審に思って、視線を向ければジッと此方を伺う視線は少しためらいがちで。
「…なんだァ?」
「いや、…あの…、…べ、別に何もないっス」
「……、気になるからはっきり言えや」
視線を逸らして、運転に集中しようとする原田に視線を向け、
そのまま睨みつければ「いやあの、その」と躊躇った後に少し照れたように鼻の頭をかいた。
部下の原田との付き合いも長く、信頼関係も厚い。
後輩を育てる力も持っており、面倒見が良いのでよく厄介ごとも引き受けてくるが。
そんな話しだろうか、と耳を傾ければ、原田は勢い込んで口を開いた。
「あの、怒らないで下さい、ね?…さ、さいきん、なんか土方副班長が…あの、…き…、いやいやいや!物腰が柔らかくなったと、…思ってッ!」
「…、ハァ?」
き、と言って躊躇った言葉の続きも気になるが、それよりもいわれた言葉に驚いてしまった。
自分にも部下にも厳しく接してきたつもりだったし、てっきり嫌われているものだと思っていた。
それでも負けん気の強い奴らばかりが付いて来ていた。
上司である自分にも楯突くような悪ガキがそのまま大人になったような奴らばかりだった遠慮なくやれた。
最近と言うのはどういうことだ、と思いながら訝しげに原田を見れば、何処か顔を赤らめた原田が視線を逸らしていた。
眉を顰め、言い募ろうとすれば路地の脇に車を停車させた原田がシートベルトを外してそそくさと逃げようとしていた。
「原田、テメ……」
「あ、あの副班長の煙草も買ってきますんでッ!」
「………、」
路地の脇のパーキングで、人通りも多いそこに警察車両が止まれば目立つが、それだけで抑止力にはなる。
嫌われ者の宿命だとはいえ避けて通られるのも些か目覚めは悪いが、それも数十分の話だ。
(…嫌われるのも、慣れた)
そう思考に落ちれば、脳内に棲む金色の豪奢な天パの髪の毛を振って金時は懸命に否定した。
『慣れるわけないよ。…いつだって人から忘れられたり嫌われたりするのは…、…辛いんだぜ?』
人から忘れられ、自分すらも忘れてしまった大切な人への贖罪が渦巻いているような、そんな言葉だった。
視線を向けると、困ったように笑う金時は、声を潜めて唇を耳元へと寄せる。
『…まァ、十四郎が誰に嫌われようとも、……好きだけどね』
シートに凭れ暫し目を閉じる。エンジンは切っているが、少し空けたウインドウから街の雑多な音が溢れてくる。
ゆっくりと暖かい風が前髪を揺らすのが少し気持ちいい。
今週はとても忙しく家に帰っている暇もなかった。
宿舎として宛がわれたのは、狭い仮眠室。
朝起きればしわしわのワイシャツを着てネクタイを巻きながら少し伸びた髭を綺麗に剃りあげる。
そういうのすらも、ただ一人の存在を強く知ることになる。
一緒に住んでいるわけではないのに、その存在はどんどん大きくなっていく。
甘えているわけではない。そんな風にも思うが、何もさせたがらない金時の行動に慣れてしまっている自分は一体どうだろう。
寝起きでぼうっとしている俺に、金時がアパートにいる時は必ずと言っていいほど朝食の準備をしてくれ着替えなどの用意もしてくれている。
しかも、深夜に戻ってきたにも拘らずバランスの取れた食事とアイロンがかけられたワイシャツ。
風呂も玄関も掃除済みである。
『いいよ、俺は十四郎が出勤したら夕方まで寝るんだし』
そんな風に笑って朝飯にも付き合う様子に少し呆れながらも、それが最早当然の風景になっていた事を知る。
ネクタイを結んで、戯れに口付けて。
夜は何が食いたい?何て聞かれればくすぐったくて顔を背けてしまう、自分の素直じゃない部分を分かってくれる。
もう金時が出会う前、どうやって生きていたのか分からなくなってしまうほど、心の中、頭の中の大半を金時が占めている。
シートの上で少しだけまどろんでいたのだろう。
こんこん、と小さく音がして原田が帰ってきたのかと運転席側を見るが誰もいない。
まだ3分も経っていないのか、と少し息を吐き出せば、その音の主を探す為に助手席側の窓を見上げギョッとする。
「御巡りさーん、こんな危険な街で居眠りなんかしてたら、ぱくっと食われちまうぜ?」
「な、…き、んとき?」
「こんなとこで寝るぐらいならアパートに帰って寝な。…って、まだ帰れねぇの?」
今まで頭の中で考えていた像が焦点を刻んでリアルになっていく。
その様子に身体を起こして窓を開けると、金時は派手なスーツに派手なシャツのホスト然とした格好で腕を組んで立っていた。
この街で見かけたことな何度もある。金時の店に行ったこともある。それなのに、どこかその姿が新鮮に感じたのは逢うのが久方ぶりだからだろうか。
呆けたようにしばし金時を見上げて質問に答えない俺に、「どうかした?」と言うように顔を近づけてくる金時に顔が赤くなるのを感じる。
それを誤魔化そうと視線を泳がせるもののそれは易く見破られてしまうのだろう。
なんせ、相手は俺の事を誰よりも知り尽くしている人間なのだから。…最早、俺自身でさえ気付かないことまで。
あァ、光り輝くネオンで俺の顔色は見えなかったというオチでも良い。
しかし、そんなことはありもせず近づく金時の唇がキュ、と吊り上げるのを見つけてしまった。
「久しぶりに金さん見て、嬉しくなっちゃったの?」
「な、…違ッ」
「嬉しい、俺も今日は絶対十四郎に逢いたいって思っていたから」
急ぎ否定する俺には構わずそう告げる金時の言葉に目を瞬かせてしまった。
金時は顔を近づけてから潜めた声音で呟く。
からかうような笑みは其処にはなく、俺の事を見つめる眸はいつもの如く甘い。
チャリ、と首元から除く金色のネックレスは客から貰った物だろうか。
それを見るだけで彼を遠く感じてしまうこともあった。
だからなのか自宅でもあるマンションでもそれを見かけたことはないけれど。今は、それに意識を向けるのは一瞬で直ぐに金時に視線を掬い取られてしまった。
近づく金時にシートから頭を離せば、ゆっくりと唇が塞がれてしまう。
ここが広い通りから一本だけ入った路地であることとか、部下が買い物から戻ってくるかもしれないこととか、そんなことが二の次になる。
そんな優しい口付けにゆっくり溶かされていくのを感じて目を閉じれば、無線がザザと音を立てて入った。
それに目を開いて離そうと手を伸ばせば、その前に「残念」と呟いて金時が顔を離したため、離そうとしてあげた手は縋るようになってしまった。
「嬉しいんだけど、…これ以上は俺の理性がもたねェわ」
仕事なんてほったらかして十四郎を浚っちまいそう、
そんな風に囁いて、上げた俺の手を持ち上げて口付けを落とす金時は少しだけ切なそうに眸を細める。
だからだろうか、少しだけその手を振り解くこともできずにいるが無線は応答を請う声に変わる。
『応答願います、応答願います。歌舞伎町4丁目通り東、路地にて男性が複数の男性に対して暴力を振るわれている様子。向かえる車両は応答願います』
僅かな躊躇の後、無線機を上げて
「こちら、ナンバーロクマルゴ。至急現場に向かいます。状況を知らせてください」そういい終えれば無線機を戻す。
金時は、パトカーから離れ小さく笑う。
「お仕事頑張って。…あ、それと」
「…金時の旦那ァ?こんなとこで何してンすか?…あ、お待たせしました。副班長」
何か言いかけた金時を遮るように、声が被さったと思えば其処にいたのは部下の原田だった。コンビニ袋を提げて運転席に乗り込もうとして金時に気付いたらしい。
原田に無線の内容を伝え、金時に何か無駄口をしないように運転席に乗り込ませると
エンジンがかかる警察車両は赤いパトランプを点滅させた。
金時は、それに「わぁお」と声を上げて目を細めれば、僅かに視線を向ける俺と少しだけ視線を通わせた後口を動かす。
閉じたウィンドウ越しでは金時の声が拾えずに、口の動きを見る。
それは、『誕生日おめでとう』だった。そう気付いたが、動き出した車は既に金時を残して走り去っていく。

ミラーに視線を向ければ、金時はその場に立ち尽くしているようだった。
シーとベルトを確認する不利をして唇を噛めば、原田は前方を見ながら歌舞伎町をすいすい運転する。
「しっかし、金時の旦那はどうしてあんなとこにいたんでしょうかねェ?」
「あ?あいつの店は歌舞伎町にあるから根城みてーなもんだろうが」
「でも、旦那の店って、あっこからだと反対側になるような場所でしょー?」
キャッチにしてもおかしいなァと思うんだけどなァという原田に答えず、シートに埋まるように深く凭れる。
絶対逢いたかった、の意は誕生日の言葉なのだと分かった。
それを言いたくて嗅覚の赴くままに店を抜け出してあの場所に来たのだろうか。
動物は、言葉が通じない故か、人に馴らされていると傍に寄り添うことがあるという。
それは、その人間が独りでいるのが寂しいと感じたときや悲しい出来事があった時である。

本能的に群れを護ろうとするのか、それとも敏感に弱い物を嗅ぎ付けただけのか、それは分からない。

金時のことが頭や心を占め、逢いたいと願ったら金時はあの場所に現れた。
こんな都合のいいことってあるだろうか。
先ほどまで金時の唇が触れていた唇に指で触れれば、其処に先ほどまでの熱を感じてしまった。
それを打ち消すようなサイレンが鳴り響いて、俺は再び雨を多く含んだ重たい空を眺める。
早く終わらせて、金時とゆっくり寝よう。誕生日祝いはそれからだ。そんな風に心の中で思って口端を吊り上げた。



『俺だって、理性が保てねぇよ?』
そんな風に、立ち尽くした金時に心の中で話し掛けて。