同じ歩幅で│3Z銀八土。たまには甘える先生で、甘やかす土方君の話。

暑かった日差しもやっと陰りを見せ、秋らしい風に朝夕が彩られ始めていた。
後輩への指導と称して顔を見せながら、長い受験勉強生活の息抜きを程々にしつつ、
季節の移り変わりを感じた。


胴衣姿のまま、教室へと忘れ物を取りに行けば、白衣の背中が見えた。




「…お、後輩イジメ終わったのかァ?」
「…"後輩指導"、ッス」
にや、と口端が吊り上がるのを見つめ即座に否定すれば、そのまま笑みを深められた。


銀八は俺たちのクラスの担任でありながら、授業中煙草は吸うし、ジャンプは読むし
悪徳教師だが、妙に生徒から好かれている存在である。


教室へその背を追い、入って行けば胴衣の袷を引っ張られ触れるだけの口付けをされた。
扉の陰になっているとは言え、教室内ですることではないと分かって睨みつけるものの、
俺は自分の心に段々嘘が付けなくなっていた。
数秒後に汗くせーから、といって少し離れれば、つれなーいとクスクスと笑う声。




俺より大人の先生が見せる余裕に時々焦燥感で堪らなくなる。
どうしたって追いつけない年の差もあれば、まだ体格だって全然吊り合わない。
それなのに、近付きたいと思う。その気持ちと体が反比例するようだ。
実際は身長が伸び、大分視線が追いついてきたような気がする。
銀八も「オイオイ、卒業までに追い抜かされちまうんじゃねェの?」と少し悔しそうな顔をしていた。


それでも大人な銀八にはまだ敵わない事が多いのだ。
それを誤魔化すようにして、疑問に思っていたことを口にする。




「…先生は、なんか用事、だったん、スか?」
「ん?オメーが忘れ物してるから戻ってくるかと思ってよォ?」
「…キモイ、先生」
どうやら俺を待っていてくれたらしかった。その言葉に焦燥感が一気に洗い流される。
どちらが好きになったか分からなかった、でも俺のほうが先に先生の事を好きになった。
いけ好かない、だらしがない教師だと反発しながらも決めるところは決める姿勢に惹かれた。
それがいつこの気持ちになったのかはまるで分からない。
しかし、それを銀八が受け入れてくれて、そしてまた銀八からもその言葉が聞けた時
自分が欲しかったものが分かってしまったのだった。


先生から離れ自分の机へ近付くと、横に掛けられていた体操着の入っている鞄を取り上げる。
早く胴衣を着替えなければ、鍵を持つ後輩がいつまでも帰れない。
それでも、先生といられる時間は貴重だから、この時間を惜しんで動きがぎこちなくなってしまう。
そんな自分に気付いたか否か、先生は小さく笑う。




「…、なァ今度の週末、家に遊びにこねェ?」
「え、…?い、…行っていいんです、か?」
週末は、先生の誕生日であり、出来ればお祝いをしたいと思っていたが
学生の身分で高いものを振舞う事も出来ない。
だから、先生の言葉に目を瞬いてしまった。
寧ろ自分が、それを望んでいる事を気付かれたように感じて顔を伏せてしまった。
此れが今の俺の癖、それでも先生は待ってくれているのか、覗き込んで微笑む。


「…俺が来て欲しいって言ってんのー。誕生日プレゼントくれるんだろ?」
「な、…ッ、そ、それは…ッ」
「先生なんでも知ってるからなァ?お前が学校近くのケーキ屋覗くとことか、な?」
にやにや〜と銀八の笑みが猫のように意地悪げに映る。
頬に血を上らせ、黙ってしまえば銀八は顔を近づけて「来るよな?」と念を押す。
それに自分は首を振る動作や視線を向けるなどの駆け引きなど当然出来るわけもなく、
銀八の掌で転がされてしまう。


俺の様子に銀八は、意地悪そうな笑みではなく嬉しそうに笑って手を握った。
その手は少し汗ばんでいて、俺はその時首を傾げただけだった。
(…先生?)









先生の誕生日当日は、結局部活の試合を見に行く、と後輩に言ってあるからと
伝えればじゃあ終わってからでいいよ?と自分も仕事がある素振りを見せた。
試合は苦戦の末、辛くも勝利をし後輩を労った後、お疲れ会を辞退した。


その足でケーキ屋に寄ると長ったらしいケーキの名前が乱立しており、それは此間覗いた通りだった。
しかし学生の身分でホールケーキなど買えず、結局ショートケーキとフランボワーズ、なんたらという
ケーキを二つ買っただけだ。(勿論カットした奴)





なんて事はない、暫く悩んだ上思いついたものを買っただけだった。
そうして教えて貰ったとおりの最寄の駅へと行き、電話をかければ「直ぐ行くから」と返事が帰って来た。
家の傍まではきた事があるが、アパートに行くのは初めて。


自分の誕生日の時にこの近所のファミリーレストランで食事をしたから、その帰りに来ただけで。
そう思うと先ほどから少し動悸が激しい気がする。


此れは部活で先ほどまで白熱した試合を見てきたからではないと自覚はある。
ギュ、と制服の中に仕舞った手に力を込め目を閉じて息を吐き出せば、「土方」と声がした。





「…あ、先生」
「さみィ中待たして悪かったなァ、試合どうだったよ?」
「あ、…の、俺……」
先生は、「こんなとこで立ち話もアレだな、」と俺を招いて歩き出す。
いつもとは違う普段着の先生はどこか余所行きな気がするが、先生の顔にホッとしたのもあるだろう。
だからその背中からは何も読み取れなかったけど、心なしか照れているように見えた。
アパートに着くと「汚いからな、あんまりキョロキョロすんなよ」と念を押した先生は
いつも教室で見る先生とは違っているように見えた。
空けられ、覗いたアパートは足の踏み場はありそうだし想像より片付いている気がする。
もしかして今まで掃除してたとか?と積んだジャンプが縛られているのを見て吹き出してしまった。


「な、…」
「や、俺も緊張してたんだけど、銀八もそうなのか、と思ったら…ッ」
「…ッき、緊張してるに決まってるでしょーがァアア、俺の可愛い恋人が遊びに来るんだぞ?はりきらないわけ…ッ」
ぽす、と玄関で言い訳をする銀八に抱きつく。
自分だけではない、この感情が嬉しくて。いつも先生も好きだといってくれるけど、
俺に合わせてくれているだけではないかと不安だった。
先生は、「なんて可愛い事してくれちゃってんだ…」と呟きながら抱き締めてくれた。
その体が熱く感じるのは、最早気のせいではないだろう。




まァとにかく適当に座って、と促され部屋へと入れば、食事の支度がしてあり
俺が差し出したケーキも嬉しそうに受け取ってくれた。





「…すっげ、美味そう。アンタがメシ作るなんて意外」
「そりゃあね、一人身が長くなりゃこのぐらいわなァ」
箸を渡され、目の前に運ばれた食事に二人して囲むころには緊張も解け、
後輩の試合結果や学校のことを話す。


銀八はいつものようにのらりくらりと茶々を入れながら、時間はあっという間に過ぎていくように感じる。
愉しい時間はいつもそうで、とりわけ銀八とこうなってからは毎日が過ぎるのが早い。
こうして過ごす時間が来る事はとても嬉しいが、過ぎてしまうのは哀しい。
銀八はまた一つ自分を取り残して前へと進んでしまった。
走っても走っても銀八と俺との距離は縮まないのだといわれているようで。


その時、ぽすんと俺の膝に、銀八が頭を乗せてくる。
ベッドに腰掛けていた俺は、暫し思考に沈んでいたらしく展開に付いていけなかった。





「…ぎ、んぱち……?」
「良いじゃん、誕生日ぐらい甘えてもさァ」
片目を瞑り、此方を見上げる銀八はそのまま咽喉を震わせて、俺の膝小僧を撫でる。
その感触がくすぐったく、膝にあたる銀八の熱もまた暖かく感じて暫く目を瞬いていたが
軽く手を伸ばして銀八の髪の毛を梳くように撫でる。
その感触は柔らかく、優しいものだった。
(…俺のこと置いていかないでいて……)
そんな風に思った自分が、見抜かれているようで顔が熱くなった。







共に歩く時間が少しずつ増えていけば良い、そんな風に思った。
誕生日の昼下がり。








**








その後、「ねェ?今度はこっちも甘えて良い?」なんて言われベッドに押し倒される未来が
来るわけだが、今の穏やかな時間を過ごす俺には与り知らぬことだった。

追いつこうと必死になっている土方君が可愛くて、大人ぶってしまうんですが、たまには甘えても
いいかなと。先生の甘え方は半端ではなさそうなので、土方君の身体が心配です(他人事)