その羽根は誰が為に羽ばたく| 銀八先生×高校生土方君

「…こっちの方の火も…、あ、つ…ッ」
「あああ、もーいいからァアア、先生にやらせろってェエエ!」
「…、だめだ、先生は座ってろ」
なぜかやる気にエプロンをつけた土方は御玉と鍋のふたを持って料理本とにらめっこしながら
何度目か俺の手を遮った。


一体何ができるかは秘密らしい、料理本を広げているところすら見せようともしない。


数日続いた寒さですっかり風邪をひいた俺は、受験生に風邪をひくな、と発破を掛けながら
自分が引くなんて洒落にならね―なという服部の言葉に違いない、と思いながら
少しだけ心配になっていた。


(まァあの馬鹿クラスが風邪を引くわけがないか…)


風邪の潜伏期間は一週間程度。
試験期間中であるから、ほぼ擦れ違っていなかったが、SHの時間などに教鞭をとっていたのは事実で。
熱が出たと告げたら、あっさり自宅待機と言われたのはこういう時期だからだろう。


人生を決めるその日、風邪なんか引かれたら実力も出せない。
まァ言うことはほぼ言ってしまったし、後は3月の卒業式までほぼ授業はないに等しい。
テストや就職活動やらで穴空きの教室が少し寂しく見えたのは、誇張ではないに違いない。
このクラスで教鞭をとるのも、あと数カ月か。
こんなバカなクラスは久々だった。


賑やかで、馬鹿でイベント毎にしか一生懸命にならない。
休み時間は元気で授業中は弁当食ってるか、寝てるか…そして。





土方と過ごしたのもこの教室だった。
剣道部に目を掛けている生徒がいる、と松平のおっさんに聞いたのが始まりだった。
事あるごとに剣術経験者のを気付かれ、コーチとして誘われていたので、その誘いも断ろうとした。
しかし、その後の飲み会まで時間があるため時間潰しにその親善試合に顔を出したのだった。










『…、…お願いします…ッ』
そう言って面をつけた土方の試合を物見遊山で見に来た俺は、その眸の強さにやられてしまったのだ。
相手校の3年生徒は体格の差で、随分華奢に見える姿で剣を振るう。
鋭い剣筋だったが、その体力差で判定負けを期してしまう、その瞬間を見た。
面を解いて一人鋭い剣筋のまま前を睨んでいた。


相手の選手に対してではない、己の課題に向けてだ。
悔恨の念を決して忘れないように、それを自分に課すために。


かつて自分も剣の道を歩んでいた。
その時に周りで沢山見た、あの眸はそれを彷彿とさせた。
松平のおっさんが目にかけているといった気持ちがよくわかる。それは確信。




最初に惚れたのが自分だった。
其処から随分経っているような気がするが、それは自分の負い目でもあるだろう。
(…、卒業か)
何遍でも繰り返すこの季節がもうじき、この高校にもやってくる。
季節のごとく、桜が花をつけてもまた散ってしまう如く。





ダイニングテーブル(といっても椅子が二つあるだけの小さなもの)で何も言わなくなった俺に
土方はバタバタと料理(というより格闘?)をしていた。


その顔が少し曇ったのを俺は気付かずにいた。







受験対策にもこもこに着膨れた土方がうちに来たのは1時間ほど前だ。
『…ひ、土方?』
『なんで寝てないんスか…ッ、…え、っと飯食ってねーと思って持ってきました』
そう言って差し出されるかと思いきや、持っていた買い物袋には材料が入っていて。
一人暮しなんだから、来客があれば自分が応対しなきゃなんないんだけどなァと思いながら、
マスクをつけ直すと、心配そうな顔をして覗きこまれた。


そのまま上がるというので慌てて止めると、メシ作ったらすぐ帰るからと断固として聞かなかった。
こう言ったら曲げないのが土方のいいところであり、悪いところでもある。
引くに引けない性格だから、敵も多い。
しかし、味方も多いのも事実だった。


何とか作ったホットミルクを傍へと置いて、ひらひら揺れるエプロンを追う。
そう言えばこの台所でエプロンごと食っちゃった時もあったっけ、なんて思いだすと
「何、にやにや笑ってんだ、この病人」と振り返る土方に小さく笑う。




「いや?なんか奥さん、って感じでいいなァと思って」
「…なッ、…」
っていうか新妻?と喉を震わせると顔を赤らめて振り返らなくなった。
此間もっとすごいこと、やったのになんて目を細めながら、それ以上苛めず視線を背中へと向ける。
これ以上苛めるには自分はまだ少しだるいし、先ほど測ったら熱はまだ少し高めだった。
半纏代わりに膝掛けを纏い見守っていたが、どうも土方は料理の才能はまだまだのようだった。
まァ慣れれば出来るだろうが、というレベルで見ていても冷や冷やしてしまう。
しかし、心配で視線を送っていると振り返った土方がつかつかと近寄ってきた。




「いいからベッドに帰って寝てろってば」
「んー…、だって心配で…」
「大丈夫だからッ、そんなに見られてたら緊張すんだよ」
いいから、とぐいぐい押されコップを持ったまま台所の外へと追い出されてしまう。
毛がもこもこのスリッパを鳴らし、ベッドへと戻る。
枕元のテーブルへとコップを置いて、ベッドにもそもそと入れば、体がだるいのを自覚してしまう。
まだ少し熱があるんだなァ、なんて他人事のように目を閉じる。


ずっと抱き合っていられると思っていた。
ずっと傍にいられると思っていた。
そんなことはありはしないのに。
それでも次の未来を見てしまいたいと思うのは自分のエゴなのだろうか。













「…、ん……?」
暫くすると、甘い香りと食事の匂いに急速に目覚めさせられた。
それに暫く眠っていたのか、と瞼を開ければ土方が心配そうに覗き込んでいた。




「…とー…しろ…?」
「先生、…俺…」
思い詰めた表情の土方に眠ったことにより少しすっきりした頭を振って手を伸ばし頭を撫でてやる。
今はまだ、このままで居たいと思うのは、俺だけなのだろうか。
表情を少し和らげるが何か言いたげの土方の言葉を制するように小さく笑うと、口付けようとして直前で咽喉を震わせてしまい。
自分のエゴで、跳ばせない気なのかと自問する。


この子の未来は、この子のものであるのに。
気付いているんだろう、表情は少し曇ったままおじやとお汁粉をお盆に載せてきていた。
それに気付くと、極めて明るい声を出して、それに歓声を上げた。




「お、うまそー、すっげーじゃん」
「あ、…うん。かーさんが教えてくれて…」
豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして視線を向ける土方に、笑みを深めて思いを閉じ込める。
それが一番の自分の業だというのに、また一年前と同じことを俺は繰り返す。
自分だけが罪を被ればいいというように、拳を小さく固めた。
それに土方は視線を少しだけ向け、それから此方も不思議な笑みを浮かべていた。
(…十四郎……、…?)


それに答えが出るのは後、僅か。
まだ寒い風が少し温んだ春の初め。





花は綻び、地上に生き物が出てくるとき、自分はその羽ばたきから逃げないで居られるだろうか。
そんなことをただ思っていた。




「十四郎、…有り難うな」
だから、あーんってして?と甘えれば、内包された礼など顔を赤らめてクソ教師…と詰られてしまう。
レンゲで掬われたおじやに息を吹きかける土方の横顔を見ながら咽喉を震わせてしまう。
詰りながらも自分の声には応えようとする素直さ。
実直で頑固な内面に隠された、顔がこんなに可愛いとは知らなかった。
必死に応えてくれて、それでもまだ子供だった。
どんどん好きになるにつれて、また不安が広がったことも事実で。




「…ん、旨い」
「…本当か?」
「おう、十四郎はいいお嫁さんになれるぞ?」
咽喉へと滑り落ちていく温かいおじやに目を細めながら、土方の心の温かさを知った。
その言葉に、「嫁ってなんだよ…」と言いながら土方は嬉しそうにレンゲの上に載ったおじやがなくなるのを見ていた。













時間はどれぐらい残されているのだろう。
そんなことを考えてしまう自分はやっぱりどうしようもなく、ズルイ大人だった。








窓の外では冷たい風に混じって、一陣の温かい風が、…吹いた気がした。



















I saw the feather of the bird flapping all the time.