今夜月の見える丘に last time| 銀八先生×高校生土方君

一人きりでその思いの傍に座っていた。
いつしか鍵も開いているのに開かない扉になった。
離れているのにその扉の傍にいるように感じた。
当然だ。その扉は自分の心なんだから。
その気持ちは日に日に大きくなるのに、抑える力は弱くなっていく。
いつかその扉が開いてしまっても、その思いで傷つけることがないように。
逃げることばかりをいつしか思っていた。

    




この気持ちが綺麗なままで昇華出来そうにないなら、いっそ。
嫌われて、憎まれようか。
酷い言葉で貶めてしまうことぐらい大人の自分には容易い事。
きっと鍵をかけた気持ちを伝えるよりもよっぽど簡単に伝わるはず。







就業のチャイムが鳴り響く。
それに、はと視線を向ければ、土方は不思議そうに目を瞬きながらこちらを見ていた。
直視できずに時計を見上げれば、もう他の部活動も終わっている時間である。
思いに沈んでいた時間は、数秒のことだろうか。
それに誤魔化す様に肩をすくめれば、先ほどもらった会議用の資料を叩く。
その動作は無意識に行えるものかもしれない。ただ、相手の目を見ることが
できない自分が痛かった。













見たら思いが溢れそうで、相手を傷つけるだけになるんじゃないか、それだけを考えていた。










**





「……先生?」




「…あ、あァ。何、部活帰りにわざわざ黒板が心配で戻ってきたわけ〜?」







わざと疲れてる素振りをしながら、誰かの机(たぶん中央だから近藤に机?)にもたれ半ば座り
そう逆に聞き返してやれば、パンと黒板けしを払って置きつつ、手を払って「ちげぇ」と告げられる。







「忘れもんがあったから…、ついでに」





そういって振られたのは、今日銀時が渡した進路相談の用紙。確か、春に土方は
「進学」を希望していたはずだった。
まともに帰ってきた回答ゆえに、主任の松平のとっつあんからも
「お前のクラスにもまともなのがいるんじゃねーか」とか言われたのを思い出した。
進学と答えたものはこのクラスでは極めてレアで、それだから覚えているのではないのだが。







「進学、…だったか?できれば狙ってる学校名とかもわかれば頼むわ」




「面倒くさがらねぇで、探せやァアアア!ダメ教師がァ!」





「お前みてぇな生徒だと助かるわー、……楽できて」




そういう生徒はなかなか俺のところにゃこねぇンだよなァと呟けば教卓の近くに立つ土方が
唇を緩めた。







「類は友を呼ぶんじゃねぇの?」




「違ェエエエ、クラス分けは俺の意思じゃねぇの!」









「…なんか久しぶりだよな、アンタと話すの」


俺のこと、避けてねぇ?と聞かれて息が詰まりそうに驚いたが、それを顔に出さないように
小さく笑いながら、どうして?と首を傾げる。







「恋人じゃねぇんだから、避けてるつーのも変だろ?」







つーか先生に向かってアンタってどうよ、と小さく笑いながら揶揄ってやれば、言い返せないのか唇を悔しげに噛む仕草に
視線を奪われてしまう。


こいつは生徒で、自分はこいつの担任である。
その事実が、今の二人を遠ざける。
いや、その事実に自分は逃げているだけなのかもしれない。そうだからこそ
自分は。


扉に鍵を掛けて、その気持ちに直視できずに土方の目を見ることができなくなった。
怖いのは自分?
直視出来ない口実を、生徒と教師、性別なんかの振りをして。


本当は、土方にこの気持ちを知られるのが怖かっただけ。






勝手に気持ちを隠した。勝手に線を引いたのは、…紛れもなく自分で。
大きく溜息を吐きながら、相手の瞳を真正面から見つめる。
ざわめきや、教室外から聞こえる物音が一瞬静まり返ったような気がした。










開けてはならない扉を開けた罰を受けるのは、俺だけに。
















「おまえの事が、好きなんだ。…やっぱり誤魔化せねェ」




「……、え…?せ、…んせい?」





「言っとくけど冗談じゃねェから。…クソ、冗談で男で生徒なんざに言えるわけねぇだろ」





その場に立ち尽くす土方を正面から見据えた銀八の瞳には
いつもの曖昧さは消えていた。
土方は久しぶりに銀八の瞳を見た気がして息を飲んだ。こんな焼けるような熱をこの瞳に
抱いていたなんて知らなかった。




最近視線を感じてて銀八を見ても、視線を逸らされることには気づいていた。
この熱には、銀八の隠しきれない熱が宿っていたこと。…それには気付けなかった。

否、それがどんな気持ちなのか知らなかった。
自分には覚えのない感情だったから。
誰かをそれほど思う事もなかったから。

誰かを強く思うこと、それにはこんな強く熱を感じるのだと初めて知った。
目を見開いたまま動きを止める土方に、相貌を崩したのは銀八だった。







「…あー、…そのなんだァ、…気持ち悪ィ思いさせて悪かったな」







そう困ったように笑えば、会議用の書類を鞄に仕舞いつつ腰を上げて踵を返してしまう。
二重も三重も乗り越えても好きだと気付いた。
土方を困らせる結果になることは分かっていた。だけど奇麗なまま終わらせるのなら
伝えたかった。
そう我儘が最悪な結果を招いて、明日から土方は俺の事を避けるだろう。
それはそれで、自分の中で納得できるかもしれない。







「…そろそろ、…多、…ぐし…く…?」













土方が固まったまま動きを停止させているのを肩越しに振り返って
帰宅を促そうと舌声が不格好に止められた。


土方の黒い瞳にいくつもの透明な滴が浮かんで、頬を濡らしている。
頬を伝い顎から床へ落ちれば、喉を鳴らしながら此方を見ていた。


傍へと駆け寄れば、ヒク、と喉を震わせる土方が銀八の白衣の襟を掴んで揺さぶる。
今までの静けさを覆す激しさで。





「…ッ、そうやって…、せ、…せんせ…は自己完結するの…かよ…ッ…ぅ」










揺さぶられ、激しい土方の口調が涙で掠れるが、その激しさに銀八は目を見開く。


「多…串…君……?」




「ぅく、……勝手に…終わるなッ、…俺の気持ちまで…ッ」






涙で頬を濡らしながら伝えられる言葉に、銀八は自分の過ちに気づいて息を飲む。
土方の気持ちを知ろうともしなかった。
勝手に思って、土方の気持ちを置き去りにしていた。どうせ叶わないと勝手に決め付けて。

土方は自分なりに分からない感情と葛藤していたのだ。
たまに感じる視線の熱。銀八が坂本と仲良く話していると感じる感情まで。
気持ちに嘘はつきたくない。だけど、この気持ちは理解できない。
直接銀八に聞いてみようと思った矢先に、聞かされた告白と、そして。




銀八は思いが溢れて取り返しがつかなくなる気がした。
だけど身体は思いの奔流通りに、土方を抱きしめた。

この思いが腕を通して伝われば良い。
言葉よりも深く。







気づけば銀八の赤い瞳にも涙が滲んでいた。鼻を啜って情けねェな、と呟きながら。










思いは扉の奥で土方と銀八自身を飲みこんでいった。
その隙に鍵を失くしてしまったけれど、もうその鍵は用済みだろう。

もうその扉は閉まることはないのだから。













**




重くのしかかっていた雲が晴れて真丸い月が頭上に浮かんでいた。
お互い赤い目をして、月にいる兎のようだ。




「せんせい…、…」


「ん…?大丈夫だって、家まで送ってやるから」







原付のある場所まで二人が連れ立って歩けば、今まで無言だった土方が掠れた声を出した。
首を横に振いながら、此方を振り返る土方の顔が月光に照らされて一瞬だけ見えた。





「先生のこと…考えるから、…待ってろよ」







勝手に自己完結するなよ、と付け加え、銀八の手を握った土方は顔を赤らめていた。
強く握られた掌の熱に此方も手を握り返す。





「…じゃ、これから強力アピールしていくんで、よろしく」







「…な…ッ?」










早く、俺のこと好きになって貰えるようにさ、と笑みを浮かべて呟けば
焦らせんなッと憎まれ口を叩いた土方の顔にも笑みが浮かんだ。





閉じ込めていた思いは決して消えなかった。
それどころか思いは膨らんでいった。







だけど、もう開かずの扉はいらない。



















月だけが二人の賑やかな笑い声を見ていた。





































I do not tell this feeling a lie anymore.