自分の名前という名の希望│原作銀土。※紅桜編の後日談的なよわよわ銀さんで御座います。

雨が降る中で自分は柔らかく目を閉じた。
髪の毛は跳ねるし、碌な事はないが。
それでも万民に降り注ぐから。

自分にも平等に施されるその柔らかい雨に恩恵を感じて
目を閉じるのだった。




”どうか雨よ、自分の代わりに泣いて欲しい。”

そう小さく呟きながら雨に顔を晒して。










**













(…これが伝説の白夜叉か…ッ!)

畏怖を込めた言葉に瞳を閃かせた。

伝説になりたかったわけじゃない、畏怖の眼差しを向けられたかったわけではない。
ただ自分は目の前の人間を守りたかっただけで。




自分は有害な人間である。
そういわれたようで思わず立ちすくんでしまった。




「……、……―――ッ!」

気づけば掌が真っ赤に染まっていた。
零れ落ちたのは血で濡れた刀で。
ガシャ、と鍔と地面が擦れる音が響いても気にしなかった。落ちた刀が
自分の足を傷つけても尚。




ふらりと足を進めていく。
どこに行くともわからないまま、足が赴くままに走って。







「……銀時…ッ?」

背中に追いかけてくる声すら振り払って。







あの時と同じように?

舞い戻る感覚が怖くて、刀を手にしなかったのに。
舞い戻った感覚に血が狂喜した。
お前には狂った戦場がお似合いだと、そういわれている様で。
生きるために戦う、守るために戦うだなんて戯言。
本当は血を欲していたのは自分で。




「ぅああああ―――ッ!」

気が狂ったように叫ぶ。
いやもう自分は狂っているのだろう。




肩や腹に受けた疵は熱いだけで痛みを感じない。
それはあの戦いの場に戻った感覚と似ていた。







『流石白夜叉だ、今日も生きて帰ってきたぞ…!』

血を浴びてそれがうっとうしくて顔を擦りながら帰ってこれば
そんな言葉で迎えられることがしばしばだった。
白夜叉と呼ばれるようになったのは銀色の髪が戦場で光り輝いて
白く見えるからと、斬って血を浴びて行くその姿はまさに夜叉だと
言われた。そんな二つ名はいらないと思いながらもその名が鼓舞するならと
ズラに言われ黙っておいた。




血が落ちてそれが服を汚すからと掌で拭えば
掌が汚れた。

血がべっとりとついて、今日自分が犯した罪を知るとともに、守れた命を思う。
この狂った刀で守れるものがあるならとその場で立ち止まったまま。
あの時バカ本について行ってしまえば、なんて思いは終ぞ掠めない。
自分がついていったら自由に飛べるはずの翼さえも羽ばたけないだろう。

この場所がまだ自分になすべきことを言っているような気がして。
何のために戦っているのか、わからなくなる。

そんな時に自分を鼓舞するのが、自分で励まされたというその言葉で。
何も為していない、ただ目の前のものを切っただけだ。

そんな自分の存在理由は、この場に留まり続けることだ。
そんな苦しさから逃げ出した。




あの頃と何も変わっていなくて。







ざあざあと耳鳴りのように水が落ちていく。
結局どこに向かったかわからないまま走ってきたら
お人好しのばーさんに拾われた墓場に来ていた。

天から降る雨に流れてしまう血に、それでも染み付いたまま
の罪は消えなくて。

自分が座っていた場所へと腰を下ろせば天を見上げてしまう。
雨が降り注ぎ頬を伝っていく。
まるで泣けない自分の代わりに泣いてくれているようで。
そのまま消えてしまえればいいのに。


人間は消えるわけないのだ。
ただ、濡れてせいぜい風邪を引くだけだ。
顔を伏せて膝に顔をつける。それだけで情けない気持ちに胸を締め付けられる。

何も変わっていない自分に幻滅する。それだけで。





ガシャ、服に刀が擦れる音がして顔を上げるでもなく、
気配で自分に向かってきているものだと知る。

雨で気配は紛れているが、馴染み深いものだった。顔を下げたまま視線を向ければ
その場に立っているのは傘を差した隊服姿の土方だった。




砂利を踏みしめて此方へと歩いてくる。
呆れた様な顔を隠さず、目の前に立ち止まればはぁと大きく溜息を吐いた。

「屯所にガキ2匹が、お前を探しに来た…」

だから来たのだというようにそれを隠さず眉を潜めて見下ろした。
しかし視線を向けられない。


「血で掌が汚れて、…昔のこと思い出した」

「あァ?」

肉をぶった切りながら何を考えていたかなんて、あまりに衝動で覚えてねぇ。
そう言葉を紡げる。土方からは何も返ってこない。


「・・・俺はいつかお前の大切なものもお前も壊すかもしれねぇ」

「・・・銀時」




「だから、早く俺を・・・見捨ててく・・・ッ」

「銀時ッ!」

強く激昂するように声を荒げる自分の名前を呼ばれる。
そもそも自分はその名前を名乗ってもいいのか、不安になる。




(…白夜叉じゃない、…自分?)

それに価値があるのか、分からなくて。
びくりと肩を震わせる俺に、不機嫌そうに眉を顰める土方は、大きく溜息を吐いた。



「…勝手なこと抜かすなッ、…テメーの指図なんて受けるわけねーだろうが」

「……ッ」

身体を起こして傘を持つ手を掴んでいる土方の手を掴むと、引き寄せて足を引っ掛ければ
そのまま地面に引き倒す。雨に濡れた黒い制服がだんだん重くなっていくのを見下ろしながら
唇を噛んでしまう。
前髪が雨に直ぐに濡れてしまうのに、土方の目には怒りも哀れみもなかった。
ただ静かに自分を見上げていた。
その目は静かで自分だけを映していて。




「…テメーの指図は受けねぇ、…俺は、…テメーに何ざ壊されねぇよ」

だから、気にすんなと小さく呟く声音が静かに耳に落ちた途端
力が抜けたように墓に凭せ掛けてしまう。




誰もが自分を畏怖の目で見ていた、いつか殺されるのではないかと。
そんな目で見られたかったわけではない。
ただ仲間を一人でも多く助けたかったし守りたかった。
助けになるならと剣を振るったけど、それが嬉しかったわけではない。

ただ強くなって一人でも助けたかっただけ。

そんな純粋に振っていた剣を取り戻した気がした。




「…俺よりも弱い、くせによ…」

土方の言葉に顔を伏せて搾り出した言葉は、嬉しさの裏返しで。
しかし、それを照れと受け取ったか身体を起こして
土方は軽く髪の毛を払いながらふんと鼻で笑った。




「ばーか、テメーなんかに負けるかよ」

だから、全部受け止めてやるよ、そういった土方も
顔を見えないように立ち上がって横を向いた。

しかしこちらに差し出された手は此方に向けられたもので。

その手に手を重ねると引き上げられた再び近づけられた顔は不遜げに笑って
それから唇が重なった。
互いに雨に塗れながらも、互いの熱だけは繋ぎとめようとやがて
しがみ付く様に抱き締めた。




白夜叉として生きた時代があった。
だからこの存在に逢えたのならば、生にしがみ付いて良かったと思えるよう。



(絶対手放せねぇものが出来た、から。…まだ生きていける)

そう小さく呟いて雨が降り注ぐ中、再び再生を許された。
雪の降りしきる中、この場所で拾ってもらった命、そして雨の振る中で
再び生かしてもらった命だから。




雨のように優しくて厳しい腕に今日は甘えて。




**



平等に施されたものではなく、自分だけに向けられた奇跡。
それが日差しであっても、雨よりも厳しいものであっても

自分を受け入れてくれるならそれでいい。







Thanks to you who always support it.

紅桜編の後日談は色々考えたんだなァ、と小説を移行させながら色々気づいた次第。
剣を捨てたわけでないけれど守れぬ物の重さを知るのは剣を置いたからかもしれないですね。